2019年07月15日

千の風になって

「千の風になって」、という歌があります。
東日本大震災の後にも多くの場所で歌われた曲です。

千の風になって、の歌詞は

~私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません

千の風に 千の風になって 
あの大きな空を吹きわたっています~・・・

という歌です。

どこかの記事に
「そこに(お墓に)私はいません 眠ってなんかいません」、とは何事だ、
お墓にいないなんて言ったらお墓の意味がなくなって
手を合わせなくなるじゃないか、と言うお坊さんがいるということが載っていました。

でも、昔むかしのご先祖様ならともかく
大震災のように昨日まで元気な人が突然いなくなった場合、
お墓や仏壇にいるような気にはとてもならないと思います。

ずっとお墓にいるのではなく、いつもそばにいたり
大切な人の周りや、その人が好きだった場所を
ふわふわと、自由にゆったりと
それこそ風のように飛んでいるような気がします。
その感覚がある以上、お墓に眠っているような気持ちにはなれないんじゃないかな。

実際に大震災の時に、そして今でも歌われるのは
そうした気持ち、心情をよく言い表しているからなのだと思います。

だからと言って、お墓に手をあわせないわけではない。
宗教として教義上、言いたいことや大切なこともあるけれど
お坊さんには、そうした実際の気持ちを感じとってほしいなと思いました。








 


Posted by 玉泉寺 at 18:49 | Comments(0) | お寺