2020年03月14日
2020 初午護摩祈祷会を終えて
3月8日、玉泉寺において初午護摩祈祷会が行われました。
コロナウィルスの影響で、今年度は大幅に縮小しての護摩供となりました。
皆さまにマスク着用などのご協力を頂いて、何事もなく無事に
執り行われたことに感謝いたします。
それでも、150~170名ほどにご参拝いただき、賑やかとなりました。
玉泉寺護摩の名物、お投じそばは残念ながら振る舞いができませんでしたが
梅おこわのおにぎりやお供えいただいたミカン、お饅頭などをお配りいたしました。
子ども達も、おにぎりの袋詰めを(ちょこっと)、お手伝いしてくれました。



住職の見立てによると、コロナの影響はまだ暫く続くとのこと。
今後ますますの影響がいたるところで起きそうです。
護摩の際にも、また、護摩から1週間が過ぎ、お札を受け取りに来られるお客さんとの話の中でも皆さんお話になるのが
これからは、食糧生産ができる場所、能力というのが注目されそうです。
こうして経済が縮小傾向にあるなか、それぞれの国が閉鎖状況にある中、
まずは食べるものがないと生きていけない。
そうした中では、畑や田んぼが必要になってくると思います。
畑や田を耕し、自分で食料を作り出せる力があること。
米、野菜だけでなく、肉や魚やみそやしょうゆ、豆腐など。
最低限、自分たちが食べるものは自分たちで生産できること。
これが重要になってくると思います。
日本は食料自給率が低い国。
グローバル社会の脆弱性が垣間見えたと副住職。
天空の城ラピュタでシータが言っていたセリフが思い出されます。
「どんなに文明が進んでも
人間は土から離れては生きられない」
といったセリフだったような…
「べと(土)があれば大丈夫だ。」
これは、はる子さんの言葉。
これからは、本当にそうかもしれない。
買えばいいじゃないかと言ったって、買い占められてしまえば
どうすることもできない。
でも、土があって、自分で作ることができれば何とかなる。
ここ、玉泉寺はかなりの山奥ですが
何とかなるんじゃないかと思える場所です。
しかしながら、今の状況が少しでも改善し
子どもも安心して学校に通えたり、
会いたい人に会いに行ける世の中になってほしいと切に願います。
コロナウィルスの影響で、今年度は大幅に縮小しての護摩供となりました。
皆さまにマスク着用などのご協力を頂いて、何事もなく無事に
執り行われたことに感謝いたします。
それでも、150~170名ほどにご参拝いただき、賑やかとなりました。
玉泉寺護摩の名物、お投じそばは残念ながら振る舞いができませんでしたが
梅おこわのおにぎりやお供えいただいたミカン、お饅頭などをお配りいたしました。
子ども達も、おにぎりの袋詰めを(ちょこっと)、お手伝いしてくれました。
住職の見立てによると、コロナの影響はまだ暫く続くとのこと。
今後ますますの影響がいたるところで起きそうです。
護摩の際にも、また、護摩から1週間が過ぎ、お札を受け取りに来られるお客さんとの話の中でも皆さんお話になるのが
これからは、食糧生産ができる場所、能力というのが注目されそうです。
こうして経済が縮小傾向にあるなか、それぞれの国が閉鎖状況にある中、
まずは食べるものがないと生きていけない。
そうした中では、畑や田んぼが必要になってくると思います。
畑や田を耕し、自分で食料を作り出せる力があること。
米、野菜だけでなく、肉や魚やみそやしょうゆ、豆腐など。
最低限、自分たちが食べるものは自分たちで生産できること。
これが重要になってくると思います。
日本は食料自給率が低い国。
グローバル社会の脆弱性が垣間見えたと副住職。
天空の城ラピュタでシータが言っていたセリフが思い出されます。
「どんなに文明が進んでも
人間は土から離れては生きられない」
といったセリフだったような…
「べと(土)があれば大丈夫だ。」
これは、はる子さんの言葉。
これからは、本当にそうかもしれない。
買えばいいじゃないかと言ったって、買い占められてしまえば
どうすることもできない。
でも、土があって、自分で作ることができれば何とかなる。
ここ、玉泉寺はかなりの山奥ですが
何とかなるんじゃないかと思える場所です。
しかしながら、今の状況が少しでも改善し
子どもも安心して学校に通えたり、
会いたい人に会いに行ける世の中になってほしいと切に願います。
2020年02月28日
コロナウィルスをうけて 初午護摩供
連日、新型コロナウィルスの報道がされています。
ついに、小中高校が休校になる、というところまで来てしまいました。
働いている親はどうするんだ?
周りは皆、ザワザワです。
学校は休みなのに、保育園や子どもプラザ(学童保育)は通常らしいです。
それもまた、不思議な区分け・・・
全部が全部、休みになっても困るんだけど、
子どもプラザの先生たちは、明らかに人手が足りない!と嘆いているし。
このコロナの影響を受けて
様々なイベントが中止になっていますが
3月8日の玉泉寺の初午護摩供は、規模を大幅に縮小して
開催の予定です。
しかし、これも今後1週間の状況により
変更になるかもしれませんが、今のところ開催予定でおります。
玉泉寺のご本尊さまは薬師如来さま。
古くから疫病が流行るときにおまつりされていた仏さまです。
振る舞い等はありませんが、護摩を焚き、今年の安穏を祈願します。
護摩の火にあたりたい、という方は自己判断によりますが
十分に気を付けて、ご参拝いただければと思います。
ご注文いただいたお札は、護摩の火でお浄めしますのでご安心を!
それぞれのご都合の良い日に受け取りにお出かけください。
中止になったイベントは玉泉寺の護摩だけではありませんが、
まさかこんな理由でおとうじ振る舞いを中止にすることになるなんて!!
一日もはやく収まってほしい!と誰もが願っていると思いますが・・。
さて、来週からの休校・・・子どもたちをどうしようか。
護摩の準備を手伝わせて、外で薪割りや焚火。
せっかくなら、長いお休み、普段できないことをやろうかな。
良いか悪いか、ここ、玉泉寺ではいつもと変わらない毎日になりそうです

ついに、小中高校が休校になる、というところまで来てしまいました。
働いている親はどうするんだ?
周りは皆、ザワザワです。
学校は休みなのに、保育園や子どもプラザ(学童保育)は通常らしいです。
それもまた、不思議な区分け・・・
全部が全部、休みになっても困るんだけど、
子どもプラザの先生たちは、明らかに人手が足りない!と嘆いているし。
このコロナの影響を受けて
様々なイベントが中止になっていますが
3月8日の玉泉寺の初午護摩供は、規模を大幅に縮小して
開催の予定です。
しかし、これも今後1週間の状況により
変更になるかもしれませんが、今のところ開催予定でおります。
玉泉寺のご本尊さまは薬師如来さま。
古くから疫病が流行るときにおまつりされていた仏さまです。
振る舞い等はありませんが、護摩を焚き、今年の安穏を祈願します。
護摩の火にあたりたい、という方は自己判断によりますが
十分に気を付けて、ご参拝いただければと思います。
ご注文いただいたお札は、護摩の火でお浄めしますのでご安心を!
それぞれのご都合の良い日に受け取りにお出かけください。
中止になったイベントは玉泉寺の護摩だけではありませんが、
まさかこんな理由でおとうじ振る舞いを中止にすることになるなんて!!
一日もはやく収まってほしい!と誰もが願っていると思いますが・・。
さて、来週からの休校・・・子どもたちをどうしようか。
護摩の準備を手伝わせて、外で薪割りや焚火。
せっかくなら、長いお休み、普段できないことをやろうかな。
良いか悪いか、ここ、玉泉寺ではいつもと変わらない毎日になりそうです


2020年02月12日
2020 新年会
先週は玉泉寺新年会でありました泉州。
ここ最近は大町温泉郷での開催でしたが
地元でも、ということで
今年は信州新町の温泉宿、さぎり荘へ。
昨年、リニューアルオープンされましたよ!
ジンギスカンが美味しい!
久しぶりに食べましたが、美味しかった。
子どもたちも、すごい勢いで食べていた・・・・
ヘルシーだし、最近、再注目のジンギスカン。
ぜひ、食事に温泉にいらしてください。
こじんまりしていますが、とても良かったですよ!
お寺の役員さんや、いつもお世話になっている皆さんと
初午護摩供も近いので、今年もよろしくお願いしますとお話しました。

そして節分が過ぎ、今年もお雛様を飾りました。
3歳になった長女は、喜んで大事そうに飾ってくれました。
人形を大切にし、一緒に飾ることができるなど、成長を感じます。
毎年変わらないなことの繰り返し。
お正月が来て、それが過ぎると節分に新年会、そしてお雛様を飾って
あっという間に初午の準備。
初午が終わると、その後片付けをし、大般若会になって、お盆になって・・・
寒くなったと思ったら、年末が来て、またお正月。
というように、毎年変わらないことの繰り返しだなぁと、つくづく思います。
その間に色々なことも起こりますが、基本、この繰り返し。
今年も、お雛様の季節。
毎年変わらずに同じことができることは幸せなことだなぁと感じました。
ここ最近は大町温泉郷での開催でしたが
地元でも、ということで
今年は信州新町の温泉宿、さぎり荘へ。
昨年、リニューアルオープンされましたよ!
ジンギスカンが美味しい!
久しぶりに食べましたが、美味しかった。
子どもたちも、すごい勢いで食べていた・・・・
ヘルシーだし、最近、再注目のジンギスカン。
ぜひ、食事に温泉にいらしてください。
こじんまりしていますが、とても良かったですよ!
お寺の役員さんや、いつもお世話になっている皆さんと
初午護摩供も近いので、今年もよろしくお願いしますとお話しました。
そして節分が過ぎ、今年もお雛様を飾りました。
3歳になった長女は、喜んで大事そうに飾ってくれました。
人形を大切にし、一緒に飾ることができるなど、成長を感じます。
毎年変わらないなことの繰り返し。
お正月が来て、それが過ぎると節分に新年会、そしてお雛様を飾って
あっという間に初午の準備。
初午が終わると、その後片付けをし、大般若会になって、お盆になって・・・
寒くなったと思ったら、年末が来て、またお正月。
というように、毎年変わらないことの繰り返しだなぁと、つくづく思います。
その間に色々なことも起こりますが、基本、この繰り返し。
今年も、お雛様の季節。
毎年変わらずに同じことができることは幸せなことだなぁと感じました。
2020年02月05日
豆まきでした!
毎年恒例、万福寺さんの豆まきへ!
万福寺さんの護摩法要のあと
年女、年男が裃を着て、豆をまく!
楽しいです。
ちょうど、玉泉寺にベトナムと中国からのお客さんが来ていたので
一緒に豆まきに行きましょう!ということで
皆で万福寺さんへ。
ベトナムから来られた方は、裃を着させてもらって
豆もまきました!
大変喜んでいましたよ

貴重な体験です。
年々、参加する人、そしてお手伝いに来られる方が高齢化、減っている状態ですが
できる限り、続けたい。続いてほしいと思います。

万福寺さんでは、子どもたちは本当に可愛がってもらって
それを知ってか、子どもたちは楽しそうに過ごします。
おじいさんやおばさんたちの間を走り回っては
声をかけてもらったり、かまってもらったりしながら
転げまわっていました。
自分の家や家族以外でも、そうした場所や人がいるというのは
本当に有難いことで、子どもにとっても
楽しいし、記憶に残るものではないかと思います。
2月3日は、我が家も豆まきを。
鬼は―外、福は―内!
大声で広い境内中走り回り、豆をまきました。
回収作業が大変ね・・・・
うっかり踏みつぶしそう・・・
そうそう、お正月の残り二つの鏡餅は、見つかりました。
外の仁王像に二つ、備えられておりました
節分、立春を迎え、新たな年へ。
福は内!
万福寺さんの護摩法要のあと
年女、年男が裃を着て、豆をまく!
楽しいです。
ちょうど、玉泉寺にベトナムと中国からのお客さんが来ていたので
一緒に豆まきに行きましょう!ということで
皆で万福寺さんへ。
ベトナムから来られた方は、裃を着させてもらって
豆もまきました!
大変喜んでいましたよ


貴重な体験です。
年々、参加する人、そしてお手伝いに来られる方が高齢化、減っている状態ですが
できる限り、続けたい。続いてほしいと思います。
万福寺さんでは、子どもたちは本当に可愛がってもらって
それを知ってか、子どもたちは楽しそうに過ごします。
おじいさんやおばさんたちの間を走り回っては
声をかけてもらったり、かまってもらったりしながら
転げまわっていました。
自分の家や家族以外でも、そうした場所や人がいるというのは
本当に有難いことで、子どもにとっても
楽しいし、記憶に残るものではないかと思います。
2月3日は、我が家も豆まきを。
鬼は―外、福は―内!
大声で広い境内中走り回り、豆をまきました。
回収作業が大変ね・・・・
うっかり踏みつぶしそう・・・
そうそう、お正月の残り二つの鏡餅は、見つかりました。
外の仁王像に二つ、備えられておりました

節分、立春を迎え、新たな年へ。
福は内!
2020年01月30日
2020年度 初午は
一年に一度の玉泉寺の初午護摩供星まつり。
人は誰しも、決められた星の下に生まれついており、
その星に今年一年の無病息災等々を祈念し、玉泉寺では護摩を焚いています。
今年は3月8日、日曜日に行われます。
檀信徒さんに限らず、広く皆さまからお越しいただいております。
只今、初午の申し込み帳発送準備中です。
住職が教職にあり、副住職もサラリーマンだったころ、
行事のこうした準備は、近所に住むおじいさんたちが担ってくれていたそうです。
朝、お寺に来て作業をし、お昼をお寺のおばあちゃんが作ってくれて
夕方帰っていって、また次の日も来てくれたもんだよ、とよく聞きました。
それから、副住職が加わり、そして私が加わり、今に至っています。
今でも当時のおじいさんたちが書いてくれた覚書きがあり、それに倣って準備を進めています。
その時々に準備をお手伝いしてくださる方が来てくれます。
こうした方が効率が良いのでは、と思うところは今風に変えつつ、
また、初午に来られる皆さんに分かりやすいように、
昔ながらのスタイルでありながらも試行錯誤の申し込み帳づくりです。
木札の他に、お守りもあり、郵送もできます。
申し込み帳を送ってほしいという方、
どれを注文したら良いか分からないという方は玉泉寺(026-262-4222,または
soratera@apost.plala.or.jp)までお気軽にご連絡ください。
人は誰しも、決められた星の下に生まれついており、
その星に今年一年の無病息災等々を祈念し、玉泉寺では護摩を焚いています。
今年は3月8日、日曜日に行われます。
檀信徒さんに限らず、広く皆さまからお越しいただいております。
只今、初午の申し込み帳発送準備中です。
住職が教職にあり、副住職もサラリーマンだったころ、
行事のこうした準備は、近所に住むおじいさんたちが担ってくれていたそうです。
朝、お寺に来て作業をし、お昼をお寺のおばあちゃんが作ってくれて
夕方帰っていって、また次の日も来てくれたもんだよ、とよく聞きました。
それから、副住職が加わり、そして私が加わり、今に至っています。
今でも当時のおじいさんたちが書いてくれた覚書きがあり、それに倣って準備を進めています。
その時々に準備をお手伝いしてくださる方が来てくれます。
こうした方が効率が良いのでは、と思うところは今風に変えつつ、
また、初午に来られる皆さんに分かりやすいように、
昔ながらのスタイルでありながらも試行錯誤の申し込み帳づくりです。
木札の他に、お守りもあり、郵送もできます。
申し込み帳を送ってほしいという方、
どれを注文したら良いか分からないという方は玉泉寺(026-262-4222,または
soratera@apost.plala.or.jp)までお気軽にご連絡ください。
2020年01月20日
変わらないもの
お寺に来られたお客さんが、
この春に、お引越しされるのだとか。
30年ぶりくらいに地元に戻り、再スタートをきるのだと話されました。
新たなスタートで楽しみな反面、
地元にはもう知り合いもいないし、不安でもあり、寂しくもあるとのこと。
「また、お寺に遊びに来てしまうかも」、と。
私は
「お寺は変わらず、間違いなく、ずっとここにあるので、いつでも来てください」、と言いました。
その時に
昔のように一生同じ場所や近くで暮らすことが当たり前ではない今、
状況や環境や様式がどんどんと変わっていくことが多くて、しかもそのスピードが速い。
そんな中で、お寺というのは何百年と同じ場所で、限りなく同じようにそこにあるものだと思いました。
自分や周りは変化していっても、お寺だけは今までも変わらないし、これからも変わらない。
どんどん変わっていく今では、そうした変わらないものが、ある時には必要とされるのではないかと思いました。
新天地で過ごす方も、最初は不安でも、いつかは自分の場所をそこにつくるでしょう。
でもその中で、あの場所に行けば、変わらないでそこに在る、誰かがいると思うだけでも、何か心に余裕というか、大丈夫だと思えるものがあるのではないかと思うのです。
例えば、自分が大きくなって、故郷を離れ、いつか実家を壊すことになっても
あのお寺は変わらずにあって、そこに行けば、自分の親の話や、おじいさんたちの話ができるのだとすれば、また、自分の親やおじいさんたちを知っている人たちがそこにいれば、嬉しいのではないかなと思うのです。
ムラ社会ではなくなっている今、檀家制度は崩れてきているし、
その制度が、はたして良いのかも私には分かりません。
でも、変わらずにそこに在るもの、そこにいる人、そして自分の家族の今までを知っている人がいるというのは、自分がその親やおじいさんたちと同じ年齢に近づいたころには、特に嬉しいものではないかなと思います。
この変化していく世の中でも、お寺はこれからも変わらずに。
揺るがない不動のもの。
そして、ここに在りたいなと思いました。
この春に、お引越しされるのだとか。
30年ぶりくらいに地元に戻り、再スタートをきるのだと話されました。
新たなスタートで楽しみな反面、
地元にはもう知り合いもいないし、不安でもあり、寂しくもあるとのこと。
「また、お寺に遊びに来てしまうかも」、と。
私は
「お寺は変わらず、間違いなく、ずっとここにあるので、いつでも来てください」、と言いました。
その時に
昔のように一生同じ場所や近くで暮らすことが当たり前ではない今、
状況や環境や様式がどんどんと変わっていくことが多くて、しかもそのスピードが速い。
そんな中で、お寺というのは何百年と同じ場所で、限りなく同じようにそこにあるものだと思いました。
自分や周りは変化していっても、お寺だけは今までも変わらないし、これからも変わらない。
どんどん変わっていく今では、そうした変わらないものが、ある時には必要とされるのではないかと思いました。
新天地で過ごす方も、最初は不安でも、いつかは自分の場所をそこにつくるでしょう。
でもその中で、あの場所に行けば、変わらないでそこに在る、誰かがいると思うだけでも、何か心に余裕というか、大丈夫だと思えるものがあるのではないかと思うのです。
例えば、自分が大きくなって、故郷を離れ、いつか実家を壊すことになっても
あのお寺は変わらずにあって、そこに行けば、自分の親の話や、おじいさんたちの話ができるのだとすれば、また、自分の親やおじいさんたちを知っている人たちがそこにいれば、嬉しいのではないかなと思うのです。
ムラ社会ではなくなっている今、檀家制度は崩れてきているし、
その制度が、はたして良いのかも私には分かりません。
でも、変わらずにそこに在るもの、そこにいる人、そして自分の家族の今までを知っている人がいるというのは、自分がその親やおじいさんたちと同じ年齢に近づいたころには、特に嬉しいものではないかなと思います。
この変化していく世の中でも、お寺はこれからも変わらずに。
揺るがない不動のもの。
そして、ここに在りたいなと思いました。
2020年01月09日
2020 明けましておめでとうございます
明けましておめでとうございます
今年もどうぞ よろしくお願いいたします
賑やかだったお正月も過ぎ、静けさに包まれている玉泉寺です。
新しい年となりました。
昨年は台風に襲われ、大変な年となりました。
今年こそは、そうした自然災害が起きてほしくないと願いますが
近年の日本、世界、地球の様子をみるとそうもいかなそうな・・・
以下、玉泉寺住職がお正月に記した言葉を一部載せます。
殊に人間は敏感であるからストレスがたまり、
その結果思いもよらない事件事故が多発すると考えられます。
このことをよく自覚し、しっかりとした心構えで生きていかなければと考えています。
哲学者 故梅原猛さんが言っておられた「草木国土怒悉皆成佛」。
これは経典の中にある言葉で、人間だけが地球上の特別な生き物ではない、
樹木を始めすべてが仏性を備えているので、
全てを敬い、「共存共栄」の心をもって生きることが必要だと説いています。
考えられない事件事故、異常な自然災害なども含め
いま一度、私たちの暮らしや生き方を考える時がきているのではと感じます。
さて、お正月には多くの方にお参りに来ていただき、
賑やかなお正月の準備に奔走できることをありがたく思いました。
毎年お参りに来られる子どもさんの成長にも驚き、
また、成長を感じるほどの時間を、私もここに居るようになったのだなぁと新年初しみじみ。
7日には、限界集落、少人数ながらもどんど焼き&鏡開き&七草がゆ。
門松や書初め(今年は、子どもと一緒に私も書初めしました!)を燃やし、
地区の皆さんと酒を酌み交わし、
良い一年の始まりとなりました。
鏡餅がお寺中に16個供えられていて
住職がお供えしているので、私はいつも数えながら回収するのですが
あと2つ、見つけられず回収できずにいます・・・
(節分ころに、カビが生えて見つかるのかしら・・・)
少し落ち着いた1月4日、まるで忙しい日を外したかのように
お寺の元役員さんであった方がお亡くなりになりました。
長男が生まれた時も記念樹のさくらを境内のあちこちに植えてくださった方。
1月1日、最後の写真を撮った際には笑顔で敬礼だったそうで
その人の生き様をみたような葬儀だったと聞きました。
一人、また一人と別れることは寂しいですが
しっかりと私たちが供養し弔って、今まで残してくれた数々のことに感謝し
次へ繋げる、繋いでいけたらいいなと思います。
2020年、今年も皆様にとって良い年となりますように。
本年もよろしくお願い致します。
今年もどうぞ よろしくお願いいたします
賑やかだったお正月も過ぎ、静けさに包まれている玉泉寺です。
新しい年となりました。
昨年は台風に襲われ、大変な年となりました。
今年こそは、そうした自然災害が起きてほしくないと願いますが
近年の日本、世界、地球の様子をみるとそうもいかなそうな・・・
以下、玉泉寺住職がお正月に記した言葉を一部載せます。
殊に人間は敏感であるからストレスがたまり、
その結果思いもよらない事件事故が多発すると考えられます。
このことをよく自覚し、しっかりとした心構えで生きていかなければと考えています。
哲学者 故梅原猛さんが言っておられた「草木国土怒悉皆成佛」。
これは経典の中にある言葉で、人間だけが地球上の特別な生き物ではない、
樹木を始めすべてが仏性を備えているので、
全てを敬い、「共存共栄」の心をもって生きることが必要だと説いています。
考えられない事件事故、異常な自然災害なども含め
いま一度、私たちの暮らしや生き方を考える時がきているのではと感じます。
さて、お正月には多くの方にお参りに来ていただき、
賑やかなお正月の準備に奔走できることをありがたく思いました。
毎年お参りに来られる子どもさんの成長にも驚き、
また、成長を感じるほどの時間を、私もここに居るようになったのだなぁと新年初しみじみ。
7日には、限界集落、少人数ながらもどんど焼き&鏡開き&七草がゆ。
門松や書初め(今年は、子どもと一緒に私も書初めしました!)を燃やし、
地区の皆さんと酒を酌み交わし、
良い一年の始まりとなりました。
鏡餅がお寺中に16個供えられていて
住職がお供えしているので、私はいつも数えながら回収するのですが
あと2つ、見つけられず回収できずにいます・・・

(節分ころに、カビが生えて見つかるのかしら・・・)
少し落ち着いた1月4日、まるで忙しい日を外したかのように
お寺の元役員さんであった方がお亡くなりになりました。
長男が生まれた時も記念樹のさくらを境内のあちこちに植えてくださった方。
1月1日、最後の写真を撮った際には笑顔で敬礼だったそうで
その人の生き様をみたような葬儀だったと聞きました。
一人、また一人と別れることは寂しいですが
しっかりと私たちが供養し弔って、今まで残してくれた数々のことに感謝し
次へ繋げる、繋いでいけたらいいなと思います。
2020年、今年も皆様にとって良い年となりますように。
本年もよろしくお願い致します。
2019年12月22日
長谷寺・高野山 檀信徒旅行へ
随分、前のことになってしまいますが
先月末11月30日、12月1日と一泊二日の強行軍で
檀信徒旅行へ行って参りました。
2年ぶりの檀信徒旅行。
私にとっては、5年ぶりの旅行でした。
今回は「若い人や子どもたちもたくさん参加してほしい」、という
総代長の呼びかけもあり、30代~50代の若手の方や
3歳から12歳までの子どもたち、女性の参加も沢山あって、
総勢35人の旅行となりました。
なんと、最高齢は89歳!!

早朝4時、信州新町支所を出発。
お昼ごろに高野山へ到着です。
先に昼食を頂いてから、高野山は奥の院を目指して
ガイドさんの案内の元、進みます。
やはり、高野山は独特の雰囲気があり霊妙な空気が漂います。
やってきました奥の院、橋の向こうは撮影禁止区域。
今なお、弘法大師空海は生きて、この世の私たちを見守っておられるとされています。
住職が般若心経を唱え、皆で手を合わせてまいりました。
高野山は初めて来た、という方も、何度も来ている、という方も
改めて高野山の魅力に感動されているようでした。

その後、バスは奈良県桜井市にある
真言宗豊山派総本山、長谷寺へと向かいます。
桜井市内の宿で温泉につかり、早朝からの旅の疲れをゆっくりと癒しました。
夜は宴会。カラオケも大盛り上がりのひとときとなりました。
次の朝は、長谷寺の朝勤行に参加。
早朝6時半から、まだほの暗い中を長谷寺の399段の階段を上るのも
美しく、貴重な時間です。

特別に内陣へ入らせていただき、ご本尊、国宝十一面観音さまのお姿を
間近に見上げながら手を合わせることができました。
観音様の御足に触れることができ、
古来から人々が願い、祈りをささげてきた場所に
自分もいるんだなぁと感じました。
お宿に戻り、朝食をとってから
滋賀県は琵琶湖のほとりの義仲寺へと向かいます。
私は、滋賀県は初めてでしたし、琵琶湖も初めて見ました。
義仲寺は、街の中にひっそりとたたずむ、市が管理する小さなお寺ですが
木曽義仲公のお墓があるお寺です。
義仲公のお墓の隣には、松尾芭蕉のお墓もあるのです。
松尾芭蕉は、義仲を慕い、自分が死んだら、義仲公の隣に墓を建ててほしいと頼んだのだとか。
お寺の境内に建てられた小さな庵の天井絵は、伊藤若冲によるもので
色あせてはいましたが、見ごたえがありました。
滋賀県、さらに車を走らせ、
天台宗三井寺へ。ここで昼食。
壬申の乱に敗れた大友皇子の子どもが霊を弔うために建てたお寺で、
天台寺門宗総本山の三井寺は、天智・天武・持統天皇の産湯に用いられた井戸
があり、御井(三井)の寺と呼ばれるようになったのだそうです。
壬申の乱とは、672年のこと!
そんな昔のお寺なのだと思うと、その場にいるのが不思議な感覚です。
古いお寺だからこそ、展示されている仏像も、歴史あるものばかりで
なかなかお目にかかれないものばかり。
やはり、関西のお寺は歴史が古いなぁと感じました。
もっとゆっくりじっくりと拝見したかったのですが・・・
三井寺を後にし、午後には帰路につきました。
夜の8時、ほぼ時間通りに新町へ到着。
長いバスの旅でしたが、皆たのしく、
途中途中、サービスエリアなどでお土産を買うのも楽しみの一つ、
無事に行ってくることができました。
個人で行くのもいいですが
バスに揺られて、皆でワイワイ行くのもやっぱり楽しいなぁと思いました。
ご参加くださいました皆さん、
お疲れさまでした。
また、計画して行きたいですね。
ありがとうございました!
先月末11月30日、12月1日と一泊二日の強行軍で
檀信徒旅行へ行って参りました。
2年ぶりの檀信徒旅行。
私にとっては、5年ぶりの旅行でした。
今回は「若い人や子どもたちもたくさん参加してほしい」、という
総代長の呼びかけもあり、30代~50代の若手の方や
3歳から12歳までの子どもたち、女性の参加も沢山あって、
総勢35人の旅行となりました。
なんと、最高齢は89歳!!


早朝4時、信州新町支所を出発。
お昼ごろに高野山へ到着です。
先に昼食を頂いてから、高野山は奥の院を目指して
ガイドさんの案内の元、進みます。
やはり、高野山は独特の雰囲気があり霊妙な空気が漂います。
やってきました奥の院、橋の向こうは撮影禁止区域。
今なお、弘法大師空海は生きて、この世の私たちを見守っておられるとされています。
住職が般若心経を唱え、皆で手を合わせてまいりました。
高野山は初めて来た、という方も、何度も来ている、という方も
改めて高野山の魅力に感動されているようでした。
その後、バスは奈良県桜井市にある
真言宗豊山派総本山、長谷寺へと向かいます。
桜井市内の宿で温泉につかり、早朝からの旅の疲れをゆっくりと癒しました。
夜は宴会。カラオケも大盛り上がりのひとときとなりました。
次の朝は、長谷寺の朝勤行に参加。
早朝6時半から、まだほの暗い中を長谷寺の399段の階段を上るのも
美しく、貴重な時間です。
特別に内陣へ入らせていただき、ご本尊、国宝十一面観音さまのお姿を
間近に見上げながら手を合わせることができました。
観音様の御足に触れることができ、
古来から人々が願い、祈りをささげてきた場所に
自分もいるんだなぁと感じました。
お宿に戻り、朝食をとってから
滋賀県は琵琶湖のほとりの義仲寺へと向かいます。
私は、滋賀県は初めてでしたし、琵琶湖も初めて見ました。
義仲寺は、街の中にひっそりとたたずむ、市が管理する小さなお寺ですが
木曽義仲公のお墓があるお寺です。
義仲公のお墓の隣には、松尾芭蕉のお墓もあるのです。
松尾芭蕉は、義仲を慕い、自分が死んだら、義仲公の隣に墓を建ててほしいと頼んだのだとか。
お寺の境内に建てられた小さな庵の天井絵は、伊藤若冲によるもので
色あせてはいましたが、見ごたえがありました。
滋賀県、さらに車を走らせ、
天台宗三井寺へ。ここで昼食。
壬申の乱に敗れた大友皇子の子どもが霊を弔うために建てたお寺で、
天台寺門宗総本山の三井寺は、天智・天武・持統天皇の産湯に用いられた井戸
があり、御井(三井)の寺と呼ばれるようになったのだそうです。
壬申の乱とは、672年のこと!
そんな昔のお寺なのだと思うと、その場にいるのが不思議な感覚です。
古いお寺だからこそ、展示されている仏像も、歴史あるものばかりで
なかなかお目にかかれないものばかり。
やはり、関西のお寺は歴史が古いなぁと感じました。
もっとゆっくりじっくりと拝見したかったのですが・・・
三井寺を後にし、午後には帰路につきました。
夜の8時、ほぼ時間通りに新町へ到着。
長いバスの旅でしたが、皆たのしく、
途中途中、サービスエリアなどでお土産を買うのも楽しみの一つ、
無事に行ってくることができました。
個人で行くのもいいですが
バスに揺られて、皆でワイワイ行くのもやっぱり楽しいなぁと思いました。
ご参加くださいました皆さん、
お疲れさまでした。
また、計画して行きたいですね。
ありがとうございました!
2019年10月29日
仏教青年会 青少年研修会でした
先週22日。
真言宗豊山派 長野仏教青年会主催の
青少年研修会が行われました。
年に一度、子どもを対象にお寺に親しんでもらおう、
仏教に触れてもらおうということを目的に開かれるものです。
今回は、多文化共生センター長野の皆さんの協力の元
日本に住む、様々な国の人たちにも参加してもらって、
日本のお寺や仏教について簡単に学んだり
色々な国の挨拶や、食事を紹介しあうなど、
仏教だけでなく、文化についてもふれあう研修会となりました。
参加者は、日本の親子の皆さんの他に中国、タイ、マレーシアから。
豊山派のお坊さんから、仏式の挨拶の仕方を教わった後、
それぞれの国の挨拶についても教えてもらいました。
その後、皆で精進料理の代表、ごま豆腐作り。
お昼には、参加者の皆さんが手作りの料理を持ち寄り、
普段はなかなか食べたことのない珍しい料理が並びました!
昼食後、場所を世尊院様に移し、
釈迦涅槃像を拝観。
これまた、普段は見ることができない仏様。
貴重な機会を頂きました。
3歳の子どもから、高校生。そして大人の方も。
幅広く、たくさんの方に参加していただきました。
アジアでは仏教は広くしられていますが
それぞれの国でも、違うはず。
参加された外国の方も興味深そうに質問されていました。
今後、日本でも増えるであろう隣人となる外国人。
少しづつでも文化の違いを知り、認め合いながら
暮らせることができれば良いと思います。
ご参加下さった皆さん、ありがとうございました



真言宗豊山派 長野仏教青年会主催の
青少年研修会が行われました。
年に一度、子どもを対象にお寺に親しんでもらおう、
仏教に触れてもらおうということを目的に開かれるものです。
今回は、多文化共生センター長野の皆さんの協力の元
日本に住む、様々な国の人たちにも参加してもらって、
日本のお寺や仏教について簡単に学んだり
色々な国の挨拶や、食事を紹介しあうなど、
仏教だけでなく、文化についてもふれあう研修会となりました。
参加者は、日本の親子の皆さんの他に中国、タイ、マレーシアから。
豊山派のお坊さんから、仏式の挨拶の仕方を教わった後、
それぞれの国の挨拶についても教えてもらいました。
その後、皆で精進料理の代表、ごま豆腐作り。
お昼には、参加者の皆さんが手作りの料理を持ち寄り、
普段はなかなか食べたことのない珍しい料理が並びました!
昼食後、場所を世尊院様に移し、
釈迦涅槃像を拝観。
これまた、普段は見ることができない仏様。
貴重な機会を頂きました。
3歳の子どもから、高校生。そして大人の方も。
幅広く、たくさんの方に参加していただきました。
アジアでは仏教は広くしられていますが
それぞれの国でも、違うはず。
参加された外国の方も興味深そうに質問されていました。
今後、日本でも増えるであろう隣人となる外国人。
少しづつでも文化の違いを知り、認め合いながら
暮らせることができれば良いと思います。
ご参加下さった皆さん、ありがとうございました


2019年10月03日
幸せは感じるもの
「幸せは感じるものなんだよなぁ」とは、秋の日のポツリ副住職の独り言。
それを聞いて、以前のどこかのドラマを思い出しました。
主人公がガッツのあるパワーウーマンで、失敗を繰り返しながらも
キャリアを積んで進んでいく、というストーリー。
その主人公が大きな声で言っていたのが、
「幸せは、待っていても手に入らない! 幸せは自分でつかみ取らなきゃ!」
という様なセリフ。
それが思い浮かんで、そしてまた思ったのが、
有名な武将たちの気質を表したたとえ歌。
鳴かぬなら、殺してしまえ ホトトギス
鳴かぬなら、鳴かせてみせよう ホトトギス
鳴かぬなら、鳴くまで待とう ホトトギス
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3人をうたったもの。
結局、この3人の中で長く天下をとったのは
鳴くまで辛抱強く時を待った、家康です。
ホトトギスを例に挙げて詠んでいますが
上二つの、殺してしまえとか、鳴かせてみせようとか、
自分の力がかかっているように思います。
一方で、一番下は、鳴くまで待つのですから、自分は手を出さないスタイル。
その時、が来るまで、じっと待ちます。
鳴くも鳴かないも、ホトトギス次第ですから、
自分ではどうにもならないことのように思います。
待つしかない。
(実際の天下取りは裏工作やらなんやら、タヌキ親父的にあったようですが・・)
「幸せ」はどうかというと、
幸せは、待つもの
幸せは、自分でつかみ取るもの
幸せは、感じるもの
の3つを比べてみると。
「待つのも、つかみ取るのも」、そもそも実体のない「幸せ」というものを
待ちようも、つかみ取ることも、できないのではないかと思うのです。
ホトトギスと一緒で、自分ではどうしようもないのだから
感じるしかない。
今ある、この状態を幸せだと感じる。有り難いと感謝する。
そうでないと、
例えば、待ってみたり、つかみ取ろうとしてみると
さらに上、もっと、もっと、という気持ちが絶対に出てきます。
この幸せを手に入れたら、次はコレ、もっと、もっと…という風に。
これでは、永遠に幸せにはなれません。
でも、幸せを感じることができれば、いつも幸せでいられます。
今、この瞬間も幸せは感じることができる。
これは、向上心がないとか、ハングリー精神がない、
というのとは別の話だと思います。
お寺の周りのおじいさん、おばあさんの話をきいていると
戦中、戦後は苦労の連続。
その中で、なにくそと、向上心、ハングリー精神をもって働いていたといいます。
でも、その中にも感謝や幸せがあったとも言います。
欲と、向上心は別物です。
これから秋は、美味しい食べ物もたくさんあって、
すぐに「幸せ」を感じることができる季節です

皆さんも、ぜひ、身近な幸せを感じてください。
それを聞いて、以前のどこかのドラマを思い出しました。
主人公がガッツのあるパワーウーマンで、失敗を繰り返しながらも
キャリアを積んで進んでいく、というストーリー。
その主人公が大きな声で言っていたのが、
「幸せは、待っていても手に入らない! 幸せは自分でつかみ取らなきゃ!」
という様なセリフ。
それが思い浮かんで、そしてまた思ったのが、
有名な武将たちの気質を表したたとえ歌。
鳴かぬなら、殺してしまえ ホトトギス
鳴かぬなら、鳴かせてみせよう ホトトギス
鳴かぬなら、鳴くまで待とう ホトトギス
織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3人をうたったもの。
結局、この3人の中で長く天下をとったのは
鳴くまで辛抱強く時を待った、家康です。
ホトトギスを例に挙げて詠んでいますが
上二つの、殺してしまえとか、鳴かせてみせようとか、
自分の力がかかっているように思います。
一方で、一番下は、鳴くまで待つのですから、自分は手を出さないスタイル。
その時、が来るまで、じっと待ちます。
鳴くも鳴かないも、ホトトギス次第ですから、
自分ではどうにもならないことのように思います。
待つしかない。
(実際の天下取りは裏工作やらなんやら、タヌキ親父的にあったようですが・・)
「幸せ」はどうかというと、
幸せは、待つもの
幸せは、自分でつかみ取るもの
幸せは、感じるもの
の3つを比べてみると。
「待つのも、つかみ取るのも」、そもそも実体のない「幸せ」というものを
待ちようも、つかみ取ることも、できないのではないかと思うのです。
ホトトギスと一緒で、自分ではどうしようもないのだから
感じるしかない。
今ある、この状態を幸せだと感じる。有り難いと感謝する。
そうでないと、
例えば、待ってみたり、つかみ取ろうとしてみると
さらに上、もっと、もっと、という気持ちが絶対に出てきます。
この幸せを手に入れたら、次はコレ、もっと、もっと…という風に。
これでは、永遠に幸せにはなれません。
でも、幸せを感じることができれば、いつも幸せでいられます。
今、この瞬間も幸せは感じることができる。
これは、向上心がないとか、ハングリー精神がない、
というのとは別の話だと思います。
お寺の周りのおじいさん、おばあさんの話をきいていると
戦中、戦後は苦労の連続。
その中で、なにくそと、向上心、ハングリー精神をもって働いていたといいます。
でも、その中にも感謝や幸せがあったとも言います。
欲と、向上心は別物です。
これから秋は、美味しい食べ物もたくさんあって、
すぐに「幸せ」を感じることができる季節です


皆さんも、ぜひ、身近な幸せを感じてください。