2023年08月15日

お盆の裏側

お坊さんたちはお盆のお参りに出かけていて、忙しく出たり入ったりしています。

私はというと、その間お墓参りやお寺参りに来られる方が
いるのでお寺で留守番や掃除をしています。

お墓参りの方のほか、お骨や位牌をお預かりしている方も
手を合わせに来てくださり、
遠方から来る方もいます。

本堂でお線香をあげてもらったり、
時にはそうめんなど茹でて、お昼を一緒に食べたりします。
お昼食べていって、というと驚かれますが
たまたまそうした時間帯には一緒に。
住職のお母さん、まや子ばあちゃんもそうしてたように
なるべく扉は開けて、入りやすいよう、風通しよくしておきたい。

そうしたときに、お盆の話、お施餓鬼の話、
最近の様子など聞いたり話したりします。

今でも慣れはしませんが、
はじめの頃は戸惑うこともありました。
でもやはり、何年かしてお盆中に留守番をしてお話をする。
そのことの意義、大切さ、良さみたいなものを感じるようになりました。

お坊さんはお坊さんの外回り。
私は私で内のことを。
できたらいいな、と思っています。



 


Posted by 玉泉寺 at 09:17 | Comments(0) | お寺
 

2023年08月14日

お盆のお話 2

お盆には手を合わせ、感謝を、と書きましたが
お寺にいるとお盆でなくても
たくさんの仏さんの前で手を合わせることが毎日です。

仏像の仏様だけでなく
お預かりしているお骨やお位牌、過去帳など、
そういったものを含めて、その前で手をあわせます。

お釈迦様は曼荼羅、というものを編み出しましたが
その感覚は、仏像以外のお骨や位牌に囲まれてる中にいると
不思議と身に沁みてきます。

お寺に来る子どもたちが、本堂が怖い怖い、と言ったりしますが
怖くないよ、毎日手を合わせてありがとう、と言っているから
ここは怖くないところだよ、と話します。

すると子供は、少しづつ上目遣いで仏様を見たり、後ろのおどろおどろしそうな
ものを母親の陰から見たり。
その後に一生懸命、目を閉じて手を合わせていったりします。

霊は怖いけど、仏は怖くない。
霊を仏にするのが僧侶やお寺の仕事、役でもありますね。
それは儀式的なものもあるし
感覚的なものもあると思います。

怖かった本堂が、手を合わせ、ありがとうと呟いてみて
心に留め置くことで、次に目を開けたときには、何となくさっきと受ける感覚が違っている、という不思議。

どんないたずらっ子でも、本堂ではいい子、というのはよくあります。

いけないことをしたら怒られる、ということも、
仏教では因果応報。
仏さまを使って言えば、お不動さまに怒られるよ、見てるんだよ、ということになる。

心のなかで、手を合わせ感謝することで、怖いものが仏様になること。
そんな体験、お話も、お寺だからできると思います。
ぜひ、子どもたちを連れてお寺へ遊びに来てほしいと思います。










 


Posted by 玉泉寺 at 10:06 | Comments(0) | お寺
 

2023年08月12日

お盆のお話

お盆です。

お盆、の語源は盂蘭盆経うらぼんきょう、という経典の名前が由来しています。
そのお経の中に説話として、こんなお話が。

神通力を持つ目連尊者というお釈迦様の弟子が
亡くなったお母さんが、あの世でどうしているか見たところ
血の池地獄、針山地獄など、地獄で苦しんでいたのです。

困った目蓮さんはお釈迦様に相談しました。
地獄にいる餓鬼たちに施しをしなさい、
と言われ、そのようにしたところ
施しをしたことが巡り巡ってお母さんを助けることとなり
お母さんは地獄から出て、安穏に過ごした、ということです。


このように餓鬼に施す、と書いて施餓鬼。
目に見えない餓鬼、精霊たちに施す、供養をすることが
直接的ではないけれど縁となって自分や、また身近なところへ戻ってくる、
というお話です。

仏教の核なる考えの縁、がよく分かる話だなあと思います。
お盆は、このように先祖もそうだし餓鬼もそうだし、
目には見えないけど自分をつくってくれた者ものに手を合わせる日ですね。

そこから自分は一人で生きてるのではなく 
生かされている、とも感じるし
今ある環境に感謝や反省の心も生まれます。

ぜひぜひ、お盆にはお墓やお寺、仏壇で手を合わせ
感謝をしてみてほしいと思います。 


Posted by 玉泉寺 at 23:38 | Comments(0) | お寺
 

2023年07月13日

踏まれても踏まれても強くなる麦になれ

最近、著名人の自殺や自殺未遂のニュースが
世間を賑わすことが多いように感じます。

切ない。何も命を断つ事もなかったのに。


小6の長男はゲームが好きで
闘って相手を倒したり(キルする、と彼らは言うそう)
倒されてもまた生き返ったりできるのが楽しい、と
学校の作文に書くほど熱中しています。

ゲームを否定はしないけど
さすがに「相手をキル出来たときに達成感や爽快感を感じます」、
と書かれた作文を読んだときには「ちょっと、あのさ〜…」と、
口を出しました。

漫画もそうです。
最近長男の学校で流行っているという漫画をチラ見したら…
グロテスク。
血が吹き出し、人が簡単に殺し殺され。
なんのメッセージ性がこの漫画にあるのか、
正直、私には理解できませんでした。


狩猟をしていて、
たぬきや鹿が罠にかかった際には
仕留めを銃保持者の会員さんにお願いして止めさしをしてもらいます。

その時の血の匂い。
動物の顔。
目も見開き、口もあけ、さっきまで生きていたのに
生々しい匂いのした血を流して死んでいる動物たちを目にしていると、
たとえゲーム内だとしても簡単に「キルした」と、喜ぶ子供を叱りつけたくなります。


死って、そんな冷房が効いた居心地のいい部屋でお菓子を食べながら
簡単に済まされるものじゃないんだよ。
もっと匂いもあって感触もあって、視覚にも聴覚にも訴えるものがあって。
そう言いたい。


漫画はだしのゲンの描写が過激すぎる、といった理由で
学校教材として適切ではない、というニュースが少し前にありました。

戦争経験者や識者の間で、それはけしからん、事実なのだから
これを語り継ぐことが教育だ、ということで「はだしのゲン」は、残されることに。

原爆という想像を絶する状況でもゲンは、父親が生前残した、
「踏まれても踏まれても、強くなる麦になれ」、の言葉を胸に
強く強く、生き抜きます。


現代は、違った生きづらさがあり、
悩み悩み、簡単に死を選んだわけではないだろうけど、
ゲンはあの状況下で必死で生き抜いたんだよ!、と言いたい。
当時と状況が全く違う、悩む質が違う…と言ったって?
踏まれても踏まれても強くなる麦になれ。
生きる力。生き抜く力。

死を簡単に眺めがちな漫画やゲームの風潮。
生きる力。

生きる力を育みたい。
見直したいと思います。

ちなみに、漫画はだしのゲンは、お寺、山川草木の本棚にも全巻あります。
ご自由にお読みください。






 


Posted by 玉泉寺 at 14:15 | Comments(0) | お寺 | 子育て
 

2023年06月14日

大岡 高峰寺開山式にて

先日日曜日、大岡聖山の高峰寺の開山式を行いました。
コロナ明けて、3年ぶり、いや、4年ぶりでしょうか。

お久しぶりにお顔を合わせた方もいて、懐かしいやら。
事前準備にはたくさんの皆さんの手を借りて
きれいに掃除していただきました。
感謝です。

4年ぶりに見る子供が大きくなっていて驚いた、とのこと。

そうですよね、子供の4年は大きいですface02
大人の4年は変わらないですが…

長男は高峰寺権現堂でも、お坊さんたちと一緒に
大般若転読に臨みました。

その姿に喜んでくださる檀家さんや地域の方もいて
それだけでも良かったなぁ、人を喜ばすことができているなぁとほっこり。

高峰寺をひらいたがくどう上人の絵本を読んでいた
次男5歳は、お種池に行きたい!と、言い
式が終わってからお種池へ。

ここが、お坊さんがお祈りした池だね、動物たちもいたね、
あの祠もあったね、と絵本で読んだことを確認して見ていました。
本で読んだことを実際に行ってみて確認、実感。
良い学びをしているな〜と感じます。

高峰寺。
私は玉泉寺も好きだけど、高峰寺も、良いお寺。
お集まり頂いた皆さま、お手伝いいただいた皆さま、
ありがとうございました。





 


Posted by 玉泉寺 at 17:16 | Comments(0) | お寺
 

2023年06月01日

幸せになるには

幸せとは
幸せだと気づくこと。
幸せに、気づくこと。

それが幸せ。

幸せに気づけない人は
いくら裕福でも、
全てを手に入れていても、
いつまでたっても幸せにはなれない。

自分が幸せだなぁ、と思った瞬間から
人はいつでも幸せになれるのだと思います。

 


Posted by 玉泉寺 at 15:36 | Comments(0) | お寺
 

2023年05月18日

AIに負けない…お正月の料理

先日、お正月にお寺に参拝に来られた方が
再度、立ち寄られました。

お正月の雪の日に、玉泉寺までのあの山道で
お寺からの帰り道、対向車とすれ違おうとしたときに脱輪してしまってface08
もう、どうにもこうにも困ってしまい、お寺にもヘルプの電話が来て
たまたま、お寺に立ち寄っていた檀家さんのYさんが
ロープからジャッキからすべて道具一式持っている人だったので
副住職と一緒に救出に向かったのでした。

Yさんは冬期、美麻や大町の山の中を郵便配達をしているので
万が一のために、そうした道具を常に積んでいたのでした。

その後、すぐにお礼のお手紙を頂いていましたが
先日、来てくださったのでした。

手紙にもYさんへの感謝は書かれていましたし
その話ももとより、
お正月に玉泉寺でお出ししたお節料理やおもてなしに
とても喜ばれているようでした。

毎年、玉泉寺では
義理の母と一緒にお節を作って
一口ずつですがお出ししています。

全部は手作りじゃないし
既製品もあるけれど
お節を作ったり食べたりする習慣が少なくなっている現代では
そうして出した料理に季節を感じてもらって
改めて日本の正月を過ごす、
それを提示できているのかしら、と思ったら
作っていて良かったな、とふと思ったのでした。


やっぱり、色々と簡素化、合理化、と言っても
こうした手間ひまかけたおもてなし、気持ちが
簡素化傾向にある今だからこそ大事だと思います。

AIやテクノロジーが発達しても
料理などは人の心を揺さぶるものとして重要なアイテム、
それは真似のできないものであると、落合さんかどこかの大学の教授か研究者が
テレビで話していました。

実際そうかもしれないな、と思ったのでした。




 


Posted by 玉泉寺 at 16:22 | Comments(0) | お寺
 

2023年05月06日

大般若会 2023

昨日、こどもの日に
玉泉寺において大般若会を執り行いました。

コロナ禍を経て、3年ぶりの大般若会。
山寺にとっては一年でいちばん爽やかな季節、
5月の新緑の中で行われる気持ちの良い行事です。

3年ぶりでしたが、やはり、まだ少しこぢんまりと。
役員さんのみの開催でしたが、
たくさんのお坊さんが大般若経典を転読する姿に
大般若会が戻ってきたな〜と、私は嬉しく思いました。

ご近所の宿、りんりん館に連泊している 
福岡からのお客様、Tさんが前日にお手伝いに来てくれました!
有り難い!
大助かり!

りんりん館にて、e−バイクを借りて乗ってきたそうで。
帰りも新緑の峰街道をスイスイとお帰りになりました。
ありがとうございました!



長男が今春に得度し、そのお披露目も兼ねて
大般若会に小坊主として参加させていただきました。

檀家さんにも祝い、喜んでいただくことができましたface01


赤飯と草餅を手作りし、お供えに。
今回もお手伝いの皆さんに朝から協力していただき
無事に終えることができました。
ありがとうございました。


若い人にもお手伝い頂いていますが
はるこさんや、地域のおばちゃんたちが高齢となり
こうした行事の台所仕事が、最近はままならなくなりつつ有ります。
今後の寺院運営の課題の一つです。


すべて外注、業者に頼み
注文することは簡単で、自分も楽ちんでできますが
それでも私は、今までのような
外で火を炊き、赤飯をふかし、
庭のよもぎを摘んで草餅を手作りすることを
続けたいと思うのです。

すぐに駆け付けてくれるような
身近に暮らす檀家さんは減りましたが
今まで、おばちゃんたちに教わり、受け継いだ裏仕事を
大切に守り、細くても繋げていきたいと思います。


ご参拝くださいました皆さま、
お手伝いくださった方々、
ありがとうございました!















 


Posted by 玉泉寺 at 17:29 | Comments(0) | お寺
 

2023年04月18日

こんにゃく作り 良い縁を大切に

13日木曜日はソラテラ。
こんにゃくをこんにゃく芋から作りました。

手順を確認して、いざ! 
大変美味しいこんにゃくができました。

ご参加くださいました皆さん、
ありがとうございましたface02






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人の縁はずっと繋がり、
困ったときに助けてくれる。
助け合える。

お金を稼ぐ事も大切ですが
良い、人の縁を作ることのほうが
長い目で見たら有益(益、という言葉は当てはまらないかもしれませんが、あえて言うなら)
なのではないでしょうか。
お金は使ってしまえばそれでおしまい。
でも、良い縁はずっと続く。

良いつながり、縁が
これからは今まで以上に大切になってくると思います。

求めているだけではだめで、
自分が何かを相手に与えないと(喜捨)
自分も受け取れません。

人のせいにするのではなく
周りの人や全てに、感謝をすることから始めなくてはならないと
つくづく思います。
合掌

 


Posted by 玉泉寺 at 16:44 | Comments(0) | お寺 | ソラテラ
 

2023年04月09日

春の一日

長女が新一年生となり、先日入学式を済ませました。

少しずつコロナも落ち着き、式にも来賓がみえたりと
元に戻りつつある今年度。
人の流れも動き出した様子が感じられます。

戦後、何もなかった時代から比べれば
暮らしも身の回りのものも全て豊かになったはずなのに
時間に追われ
お金に追われ
情報に追われ
なんだかキュウキュウな感じがする現代の社会。

普通に家族や身近な人たちと
健康で健やかな日々を送ることが、
一番幸せなのだと感じた春の一日です。





↑はるこさんちに、味噌を作って入れてもらう為に
味噌桶を一輪車に乗せて持って行った、その帰り道。
どちらが一輪車を押すかでケンカし、結果二人で押すことに…


 


Posted by 玉泉寺 at 15:27 | Comments(0) | お寺 | 子育て